El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(40)いくらでも恣意的に?それで診断基準!

—いくらでも恣意的に?それで診断基準!—–

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしてます、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「大人の発達障害」。

  きちんとした職業についている大人が「発達障害で投薬受けている」という告知をしているのにときどき遭遇します。あるいは、電車のステッカー広告では社会保険労務士事務所が「障害者の復職支援、障害年金の相談うけたまわります」という広告を出し、その中に、「発達障害障害年金○○○万円」なんて書かれています。発達障害ブーム?いったいどういうことなんでしょうか。本書は、医学書院からの刊行なので一般書とは言い切れないかもしれませんがそんなに高価でもなく、難解でもなく、だれが読んでも書いてあることはよくわかります。むしろ精神科医の本音がみえてくるような本でした。

  大学の精神科教授と「よこはま発達クリニック」の院長の対談で構成されています。「おとなの発達障害とはどういうものなのか」語りつくしてくれると思ったのですが・・・結果、よくわかりませんでした・・。というのも、本書の中で何度も発言されている「診断基準がいくらでも恣意的に解釈できるので大人の発達障害精神科医の間での診断が一致しない」という恐ろしい事実があるからです。この方面の権威である二人がそう発言しているということから感じるのは「結局、精神科ってそういうとこだったのね」という思いです。そのあいまいな診断を根拠にして、ストラテラコンサータ、インチュニブといった薬剤が使われているんです。大丈夫ですか?

  さらには、あいまいな診断を根拠にして会社を休む、障害年金をもらうなどいわゆる疾病利得が発生し、患者はその利得の中に浸っていくことになります。さらにさらに、そのあいまいな診断を根拠に、子どもであればデイケア、大人であればリワークをやりますよ、という介護系事業者が補助金という利益をもとめて大量に参入してきています。

  内科や外科や病理にも同じようにグレーゾーンはありますが、そこは病気が目に見えるものなのでグレーなりに合理的に処理されています。ところが、病気が目に見えない精神科ではそのグレーの切り分け具合で、医療者も患者も業者も薬剤メーカーも利得を得ているわけです。そりゃあ発達障害と診断される大人が増えるはずです。さらには、タイトルに「発達障害」と入れると売れるというわけで一般書でも発達障害本ブームです(著者らは出版バイアスと呼んでいます)。

  また、最近の現象として定年して家に居続けるようになり夫と向き合うことが多くなった妻がなにも自分ではできない夫に「あなた発達障害じゃないの、病院行ってみたら」なんて言うらしいです(笑えません・・・)。あるいは、親と暮らすことでなりたっていた中高年の発達障害者が親の死後途方にくれる・・などなど、この本、周辺のネタはけっこう面白いのですが、結論は「いい医師を選んでください」ですって。うーん、そりゃそうなんですが、それが見分けられれば、というか、どんな医師がいい精神科医なのか教えてください!

「発達障害」と言いたがる人たち (SB新書)

「発達障害」と言いたがる人たち (SB新書)

  • 作者:香山 リカ
  • 発売日: 2018/06/06
  • メディア: 新書
 

  同時期に刊行された一般向けの新書「『発達障害』と言いたがる人たち」のほうは発達障害ブームをうまく捉えてはいますが、真に苦しんでいる患者さんには不親切。精神科領域では、診断基準がはっきりしないまま、それを取り巻く社会はふりまわされる。よくあることではありますが・・・。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年2月)