El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(38) 骨髄移植で統合失調症が治った!

 ——骨髄移植で統合失調症が治った!——

 気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしてます、査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「精神疾患と免疫反応」。

    21世紀になったころまでは、中枢神経系には血液脳関門(BBB)があり細胞性免疫から隔離されているのだから、外傷や疾患によるBBBの破綻から進入してきた免疫細胞が引き起こす炎症反応は脳にとっては本来必要のないものという考えがありました。

    わたし自身も、脳の働きは神経細胞ニューロン)のネットワークとそこを流れる信号がメインで、それを支える血管や脳脊髄液などはまさに支えるだけの存在にすぎない、言い換えれば、中枢神経系は、体からは酸素や栄養の供給というかたちで支えられてはいるものの、免疫とはあまり関係ないんだろうな・・ぐらいの認識でした。

    ところが、昨年1月にブックガイドした「8年越しの花嫁」で「抗NMDA受容体脳炎」では、卵巣の奇形腫成分に対する自己抗体が脳のニューロンのNMDA受容体を攻撃することが原因だと知り脳もまた全身の免疫系に組み込まれていると知り驚きでした。そうこうしているうちに神経免疫学Neuroimmunologyという用語も耳にするようになり、たとえば「ADHDが妊娠期のウイルス感染などで母体の免疫機能が活性化し炎症性サイトカインの発現亢進が胎児の脳形成に影響を及ぼしていることが原因ではないか」などという論文も現れるなど、この分野も要注目だと思い始めていたところに、この分野の創始者の一人、シュワルツ教授の一般向け解説書である「神経免疫学革命」が出版されました。

    読んでみると、①「免疫系」と「精神」というまったく別物だと思われていたものが、実は協調して脳の健康を守っているということ、②アルツハイマー病になると脳の脈絡叢が機能の一部を失い適切な免疫細胞を脳に送り込めなくなること、③脈絡叢は脳と免疫系が接するインターフェイスであり免疫細胞にとっては中枢神経系への入り口であること(=脈絡叢は離れたところから脳に影響を及ぼす免疫細胞が境界パトロールをするための遠隔プラットフォーム)などなど、新知見にあふれています。

    一方で、本書はやや難解・冗長なところもあり紹介をためらっていたのですが、最近の医事新報(No.4942 2019年1月12日号)の特集が「精神疾患と神経炎症の関係」であり、まさに神経免疫学そのもの。ぼやぼやしていると現実が書物を追い越しそう!

    この医事新報の特集で興味深いのが「白血病になった統合失調症患者が骨髄移植をうけたところ、なんと統合失調症が治癒した」という症例報告です。まさに免疫変容で統合失調症が治るということではないですか。その他、認知症うつ病における神経炎症とミクログリアの活性化の関係・・と話はどんどんと展開していきます。

    というわけで、医学の先端部分ではすでにこの本を追い越しているようなところもありますが、神経免疫学という新しい分野を拓いたことに敬意を表して、まずはシュワルツ先生のこの本を読んでおくことをおすすめします。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2019年1月)

<関連サイトなど>


日本医事新報「精神疾患と神経炎症の関係」

 島根大学医学部精神医学講座のHPから「統合失調症の臨床研究」