感動!日本の1930-1950史、さらには同時期の中国史、いや世界史でもある
世の中のことをよく見通せる知性をもった知識人が1930年あたりか1945年の敗戦まで何を考えどんな行動をしたのか。皆が皆、軍部にすり寄っていたのか。そんな疑問に答える名著がチャルマーズ・ジョンソンの「ゾルゲ事件とは何か」。ゾルゲ事件そのものがもはや遠い過去のものになりつつあり、評者も「ソ連のスパイが日本に居た」程度の知識しかなかったのだが、この一冊を読むことで、尾崎秀美(おざきほつみ)と彼をとりまく人々の人生を通して、あの頃の知識人がどう行動し、それが世界史全体の流れの中でどんな結果をもたらしたのかが一本筋の通った形で理解できた。いや、それだけにかかわらず、この本は、日本のあの無謀な戦争がどんな力によって推し進められていったのかという日本の1930-1950史、さらには同時期の中国史、いや世界史でもありうる。
共産主義がまだ若々しい時代、この時代は、同時に先行する帝国主義国同士が領土拡張や植民地保全にやっきとなる時代でもあった。多くの知識人にとって帝国主義的戦争こそが敵であり、彼らにとって(資本主義的)帝国主義に対抗できる思想は共産主義しかなく、さらに共産主義による世界の統一的革命こそが彼らの希望だった。
ファシズムに突き進む国に所属し、ファシズムに排除されないような立場を築き上げ世界の統一的革命を目指した、尾崎やゾルゲの行動はまさに闘う知識人。そしてぎりぎりの敗戦前にファシズムに死刑にされてしまう。戦後は一転して共産主義的ヒーロー、すぐに始まる東西冷戦と彼らの思いをこえて世界は転変を続けていく。
ソ連自体が変質して50年もたたないうちに崩壊してしまうとは泉下の尾崎は何思う。共産主義が世界を平和にすると信じて行動し死んだ、それは理想に生きて死んでも、その理想そのものが変質していくという、繰り返される寓話でもある。
著者のチャルマーズ・ジョンソン(2010年死去)や彼の妻の前書き・あとがきが何重にも全体を包み込み、重層的な小説を読むようでもあった。