El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(28)エイズの歴史に教えられること

——エイズの歴史に教えられること——

エイズの起源

エイズの起源

 

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新の知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております。査定歴21年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今日のテーマはエイズHIVです。薬剤も開発され、エイズはコントロールできる病気になりつつあります。今回はエイズの歴史をひととおりおさらいできる三冊を選んでみました。

まずは「エイズの起源」。中央アフリカの地方病的な類人猿由来のウイルス感染症がいかにして世界中に拡大し2500万人の命を奪うまで流行したのか。そのプロセスがくっきりとわかる名著です。アフリカが近代化し都市化が始まると労働者男性の都市集中がおこり、それが売春の隆盛を引き起こし辺境の感染症が一気に拡大します。時期を同じくして、アフリカ諸国の独立をめぐる政治的混乱のなかでハイチやアンゴラからの人材支援の人々が中央アフリカと母国を往復したことが、地域から世界への拡散につながりました。さらにハイチがアメリカの性的リゾートであったこと、中米の血液製剤産業が増幅装置となったこと、などなど。医療用血液製剤がからんだところはC型肝炎の拡大とも似た構図です。中国などに比べて、日本でエイズ感染が小規模にとどまったのは肝炎問題が先行したことで売血が禁止されていたからだとも言えるでしょう。

安全という幻想: エイズ騒動から学ぶ

安全という幻想: エイズ騒動から学ぶ

  • 作者:郡司 篤晃
  • 発売日: 2015/07/07
  • メディア: 単行本
 

 2冊目は、日本の薬害エイズ事件の時期に偶然厚生省の担当課長だったために人生がかなり大変なことになってしまった郡司篤晃氏(2015年死去)が書いた「安全という幻想:エイズ騒動から学ぶ」です。薬害エイズ事件を冷静に振り返っており、「エイズの起源」で基礎知識を学べば、郡司氏の意見のほうが合理的で、あの頃のバッシング報道には疑問も多いことがわかります。厚生大臣菅直人氏)が急転直下謝罪・和解するというある意味政治的パフォーマンスに走ったため、学問的に裁判を闘っていた郡司氏らは梯子をはずされたかっこうで辛酸をなめました(のちにB型肝炎訴訟でも菅氏は総理大臣として同様の行動をとりました)。わたしも当時の報道を鵜呑みにしていたのですがあらためて勉強になりました。

3冊目は「エイズを弄(もてあそ)ぶ人々」。南アフリカエイズ蔓延の原因「HIV否認主義」の話。「エイズの原因はHIV感染ではない」という主張をする科学者も含む集団がいることは驚きです。一種の疑似科学なのですが、それを真に受けて政策にしてしまうことで祖国をエイズ大国にしてしまったのが南アフリカのムベキ大統領(当時)。恐ろしい黒歴史です。このような疑似科学がらみの事件はネットのフェイク記事とからむことで日本でも他人事でなくなっています。薬害エイズ事件もある意味不確実なバッシング報道に翻弄されたわけで、同じ構図は現在の子宮頸がんワクチン騒動へもつながっていきます。

三冊ともやや古い本になりましたが、エイズの歴史を学ぶことで、エイズだけではなく他の疾患でも顔を出す、政治・経済の関わり、さらには疑似科学の介入などのダイナミズムを考えさせられます。いつでも真っ当に科学的でいられる努力を続けたいものです。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年8月)