El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(22)女性のネットワーク力でノーベル賞!?

——女性のネットワーク力でノーベル賞!?——

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新の医学知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしております。査定歴20年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマはノーベル賞(化学賞?)確実といわれている遺伝子編集技術「クリスパー CRISPR」です、ご存知ですか?これを1000字で紹介するのは至難の業・・でも、挑戦してみます。

インフルエンザなどの原因であるウイルスというのは遺伝子のかたまりみたいなものです。多細胞生物だけではなく、細菌という単細胞生物に感染するウイルスもあります。細菌にも一度感染したウイルスには感染しないという免疫機構があるのですがその仕組みはなぞでした。本書の著者ダウドナ博士たちはCRISPRと呼ばれる特殊なDNA配列が細菌の免疫現象を担っていることを解明しました。

ものすごく簡単なたとえ話にしてしまうと、細菌の中にCRISPRという警備員がいて、警備員は要注意人物(=ウイルス)の顔写真アルバムをもっていて要注意人物を見つけるとボコボコにしてしまう・・とでもいいましょうか。

科学的に書くと、細菌の遺伝子の中にあるCRISPR部分には過去に細菌が感染したウイルスのDNAがスクラップブックのようにはめ込まれています。ここに、なんらかのウイルス感染がおこるとCRISPR部分からRNA(crRNA:クリスパーRNA)が作られます。感染したウイルスがそのスクラップ帳に合致する塩基配列を持っている、つまり過去の記録と配列が一致した場合には、ウイルスとcrRNAが相補性によって二重らせんを形成します。そこにCas9というタンパク質が作用してウイルスDNAをばらばらに切断します。

ダウドナ博士たちは、さらに、この一連の仕組みの中から「顔写真ケース(crRNA)と相手をボコボコにする仕組み(Cas9)」だけを取り出すことに成功しました。そしてウイルスではなくても「ボコボコにしたい相手の写真を顔写真ケースの中に入れるとその写真の相手を探してボコボコにしてくれる」ようにしたのです・・そう、つまりcrRNA部分に任意のDNA配列をくっつけたものを他の細胞に入れると、細胞内でそのDNA配列に出会うとその部分で特異的にDNAを切断できるのです(これをCRISPR-Cas9とよびます)。たとえば1個のDNAが突然変異で入れ替わった細胞があるとします。この場合、その変異の前後を含めたDNA配列を持つCRISPR-Cas9を作って細胞内に入れるとその突然変異部分を切り取ることができるわけです。

これまでにも遺伝子操作はありました。しかしそれは、ある程度ラフに切断してつなぎなおし、その後で目的にあった変化があるものをスクリーニングするという、不確実で気の遠くなるような手間とお金がかかっていたのです。CRISPR-Cas9を使うと高校生の生物実験レベルの設備とお金でDNAの任意の場所での切り貼りができるようになったのです。

本書では、そこにいたるまでの道のりがとてもよく書かれていて感動します。科学者(その多くが女性です)が、遠く離れた研究施設の間でのネット会議や学会でのコーヒーブレークでのおしゃべりなどを通して啓発されたりコラボしたり、少しずつ前進し、ついにはとんでもない発見にたどりついてしまう・・・そんなサクセス・ストーリーです。また、本書はソースノート(引用)がしっかりしており、NatureやScienceに掲載された節目節目の論文をネットで読むことができます(URLが書かれているわけではありませんが論文タイトルで検索するとたいていPDFに到達できます)。臨場感アップしますよ。クリスパーについては一般書でも続々と出版されています(参考図書)ので、本書が難しければこちらにも挑戦してみてください。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年5月)

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