El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(20)アンダーライティングとAI ②

——アンダーライティングとAI ②——

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新の知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています。査定歴21年目に入りました自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。2月に人工知能(AI)を取り上げましたが、その直後に発売されたこの「AI vs 教科書の読めない子どもたち」(新井紀子)が大ヒット!著者の新井先生をテレビで見ることも増えています。そこであわててブックガイドすることに。新井先生は国立情報科学研究所教授。「ロボットは東大に入れるか」という前著も刺激的でしたが今回もAIと人間の関係をめぐってのあれこれ。なるほどと納得させられることばかりです。

「AIは神に代わって人類にユートピアをもたらすことはないし、その能力が人智を超えて人類を滅ぼしたりすることもありません、(中略)AIやAIを搭載したロボットが人間の仕事をすべて肩代わりするという未来はやって来ません。それは、数学者なら誰にでもわかるはずのことです。AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。(中略)AIがコンピューター上で実現されるソフトウェアである限り、人間の知的活動のすべてが数式で表現できなければ、AIが人間に取って代わることはありません。(中略)今の数学にはその能力はないのです。コンピューターの速さや、アルゴリズムの改善の問題ではなく、大本の数学の限界なのです。」と、「はじめに」でAIの万能性をばっさり。

しかし、新井先生は続けて「シンギュラリティは来ないし、AIが人間の仕事をすべて奪ってしまうような未来は来ませんが、人間の仕事の多くがAIに代替される社会はすぐそこに迫っています」と。そしてそれを20世紀の大恐慌との類似性で説明します。

20世紀初めベルトコンベアの導入で工場のオートメーション化される一方、事務作業が増えホワイトカラーと呼ばれる新しい労働階級が生まれました。しかし、これは一度におこったわけではなく、ホワイトカラーが大量に生まれる前に、多くの工場労働者が職を失い社会に失業者があふれ世界大恐慌の遠因となりました。

現在、職場で進行中なのは、実のところはコンピューターとネットを利用することで手作業の事務仕事が急激にオートメーション化されるプロセスにすぎないのです。ディープ・ラーニングが有効な将棋・囲碁の世界のAIとはあまり関係ないんです。オートメメーション化されてしまう事務作業の労働者が失職し、このままでは大恐慌と同じように失業者があふれる可能性は高いということです。コンピューターと人間の対立ではなく、新しい仕事に就けるか就けないかという人間同士の争いになります。

一方で、受験偏重の日本の教育の中、現在の中高生は、採点しやすい英語の単語や世界史の年表、数学の計算などの表層的な知識は豊富ですが、中学校の歴史や理科の教科書程度の文章を正確に理解できない(例は本書中に多数しめされています)、つまり文脈の理解力がかなり低下しています。今の若い人が得意な、英単語・年表・計算といったことはまさにコンピューターにとっても得意分野。つまり現代の労働力はコンピューターにとって替わられやすい構造になっているんです。

多くの仕事がコンピューターに代替された社会の未来予想図は「労働市場では深刻な人手不足に陥っているのに、巷間には失業者や最低賃金の仕事を掛け持ちする人々が溢れている」・・となり・・・そうならないために、今起ころうとしていることを社会に伝えて、教育の方向を正したい、そういう熱意がひしひしと伝わります。「あっ、AIってそういうことなのね」と納得の一冊です。新井先生の著作は今後も要フォロー。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年4月)

関連本・サイトなど

ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ) (よりみちパン!セ)

ロボットは東大に入れるか (よりみちパン! セ) (よりみちパン!セ)

  • 作者:新井紀子
  • 発売日: 2014/08/10
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)