El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

ブックガイド(14)「がん」は「幹細胞」の病気

——「がん」は「幹細胞」の病気——

気楽に読める一般向けの本で、アンダーライティングに役立つ最新の医学知識をゲットしよう。そんなコンセプトでブックガイドしています。査定歴20年の自称査定職人ドクター・ホンタナ(ペンネーム)です。今回のテーマは「がん幹細胞」。

卵子精子が合体して受精卵に。受精卵は次々に細胞分裂を繰り返します。この時、単に分裂するのではなく、分裂回数に合わせて次第に、手になるべき部分は手に、心臓になるべき部分は心臓に・・という具合に最終目的の臓器になるために段々と分化していくわけですね。その段々と分化していく途中で、それまで持っていた何にでもなれるという多能性も次第に失われていきます。(このあたり我々の人生とも似てますね・・)

血液で言えば、赤血球にも白血球にも血小板にもなれたものが、白血球方向に分裂・分化していくともう赤血球にはもどれません。その白血球方向にすすんだものもさらに好中球やリンパ球へと分裂・分化していきます。「幹細胞」とはまだ最終目的まで到達しておらず、分化する能力がいくばくかでも残っている細胞と考えればいいでしょう。

「がん幹細胞」理論とは、この「幹細胞」に異常(=変異)がおこって「がん幹細胞」となり、そこから先、まちがった分化をした「がん細胞」を作りつづけるというものです。つまり、この「がん幹細胞」の存在こそががん発生の本質というわけです。肝臓がんを例にとると、成熟肝細胞ががん化するのではなく、成熟肝細胞を産み出すべく肝臓に潜んでいる肝細胞の「幹細胞」ががん化するのです。ですから、抗がん剤で「がん細胞」をやっつけても「がん幹細胞」が残っているかぎり、この「がん幹細胞」はまたちがう変異をもつ「がん細胞」を作るようになり、そうなるとそれまで効いていた抗がん剤も効かなくなります。

幹細胞の研究は、「受精卵がいかにして分化していくのか」という発生学の側からせまるアプローチが昔からあって、そこからはクローン羊ドリーなどを経由してiPS細胞が作られました。一方、「がんはなぜできる」という腫瘍学の側から見れば、今回紹介するように「幹細胞」レベルでおこる遺伝子変異などの細胞異常こそが、がんのもと=「がん幹細胞」という考え方が最先端です。そして、現在はこの2つの最先端はかなり近接してきています。ですからiPS細胞を治療に応用しようとする場合、iPS細胞のがん化という問題が出てくるのは当然といえば当然なのです。

2015年発行の本書「がん幹細胞の謎にせまる」は現時点でも「がん幹細胞」を正面切って解説してくれる唯一の一般書です。本書を読めば「がんとは幹細胞の病気」であるとすっきりと理解できるでしょう。そして、「がん細胞」だけを標的とするだけのではなく、「がん幹細胞」をも標的とした治療こそが「新時代の先端がん治療」であり、それが現在の研究の最前線になっていることも納得です。

がん研究の歴史は以前紹介した「がん―4000年の歴史」でもかなり詳しく書かれていましたが、そのさらに先にある「がん幹細胞」のことを知るには本書が第一選択でしょう。ちくま新書もあなどれません。

しかし、こうやってがんの発生についての研究がすすみ、がんさえもが慢性病のひとつとして治療できるようになったら人はどんな病気で死ねばいいのか・・・と考えてしまいますね。(査定職人 ホンタナ Dr. Fontana 2018年1月)