El librero la Fontana・ホンタナ氏の本棚

人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ。           (アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

石光真清の手記 一 全4巻

明治ー昭和を知る・・最上の自伝!

明治維新の年に生まれ太平洋戦争のさなか昭和17年に73歳でなくなった石光真清。その人生は国家レベルの事件・戦争の連続だった。1868 明治維新・1876 神風連の乱・1877 西南戦争・1891 大津事件・1894 日清戦争・1904 日露戦争・1914 第一次世界大戦・1917 ロシア革命・1918 シベリア出兵・1923 関東大震災。これらをすべて当事者として経験しており、なんと濃厚な人生なのか。石光真清が事件の現場で書き残した手記を(そしておそらく老後に長男に語ったオーラル・ヒストリーもあわせて)長男である石光真人がまとめ・つなぎ・読みやすくして出版を重ね、最終形として文庫本で4冊にもなる父の一代記が世に残った。

歴史上の事件とはいうものの、歴史家のように大所高所から見るというのではなく、石光真清は常に事件の中にあり、まさに眼前の出来事として記録されている。これまで歴史の教科書で箇条書きに書かれてきたようなことが、実は歴史の現場で右往左往した人生の集合体なのだと、あたりまえのことではあるが、深く理解できる。

読んでいて石光真清の出処進退の不器用さ、経済面の才覚のなさにいらだちを覚えることもあったが、まさにそれが維新後の武士階級の姿でもあったと読後はなっとくする。フィクションではないのかというほど興味深いエピソード満載だが、ひとつひとつディテールに踏み込んで書かれていてリアリティがある。

大津事件時の国内の狼狽、日清戦争での台湾の戦い、当時の満州アムール州の混沌とした様子、ロシア革命ボリシェビキが最終的に勝利していくさま、シベリア出兵にみる日本のいいかげんな外交方針・・・いずれもこの手記ではじめてリアルに知ることができた。

手記は昭和3年石光真清の母が亡くなったところで終わるが、その後の長い年月を通して手記として残してくれた。石光真清と長男石光真人の苦労の結果が傑作自伝として残った。それにしても、日中戦争から太平洋戦争の日々を石光真清はどんな思いで生きていたのか。石光真人もすでに故人となったいまは知るすべもない。

(2018/6/24追記)岩波新書シリーズ日本近現代史(全10冊)を読んでいるが1-5はまさにこの手記の時代。並行して読むことでいっそう楽しめる。