新境地の史伝
森鴎外「渋江抽斎」を読了す。抽斎が死んでから維新、その子孫たちの物語が語られる。そして、それらの人物は明治風に名前をあらため、物語の冒頭の鴎外がインタビューするところの抽斎の子孫になっていく。というわけで、時間軸の使い方が絶妙で、読み終わってあらためて冒頭から読み直さずにはいられない一種のタイムトラベル的な風合いをもつ。別の言い方をすれば初読時は、ちょっと古めかしい人名の羅列で、たしかにピンとこないのである。しかし、読み進み、とくに抽斎の死、維新、江戸しかしらなかった家族の弘前行、東京への帰還、それぞれの子供たちの人生の変遷などなど興趣はつきない。その挙句の子孫が今、鴎外と出会い父や祖父である抽斎のことを語るのである。