El librero la Fontana

El librero la Fontana・ホンタナ(いずみ)氏の本棚「人生の最後を一番美しく過ごすのは、いつの日か、田舎、といっても町からあまり離れていないところに隠居し、今までに愛読した何冊かの本を、もう一度、書き込みなどしながら読み返すことだ 」(アンドレ・モーロワ「私の生活技術」より)

贖罪の街(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ (18) 2015年 ボッシュ65歳の設定

LADPの定年延長を陰謀で打ち切られたボッシュ。ハーレーのバイクをレストアする静かな日々を送ろうとするが、なにかしっくりこない。そこに腹違いの弟、弁護士ミッキー・ハラーから冤罪事件の弁護のための調査の依頼が・・・。

刑事と刑事弁護人とは、検察官と弁護人よりももっとするどい対立関係にあるわけで、ボッシュは仲間を裏切ることになる弟の依頼をしぶしぶ引き受ける。そこから先は、これまでのボッシュと同じような捜査、しかし警察官ではないため多くの壁にぶつかり、そこをコネやだましのテクニックですりぬけて、解決へ。

そして最後にはハラーの見せ場の法廷シーンもたっぷり。ボッシュがとにかく正義のために動くのに対して、弁護士は依頼人の利益のために動く、そんな対称も面白い。さすがに65歳のボッシュ、女性との付き合いもライト・タッチ(に思えるが)。

宝島

Audibleで聴きました。約40日のウォーキング期間(録音時間18時間22分)。

宝島

宝島

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終戦(1945)から返還(1972)くらいまでの沖縄を舞台に、そのころの沖縄はこうだっただろうなというフィクション。書いたのは沖縄人ではない。フィクションとはいえ、沖縄戦・占領・進駐・アメリカ統治・返還運動・ベトナム戦争・コザ暴動などを踏まえているので、歴史のあらましを知るという意味ではよかった。

小説としてどうかと言えば、とにかく長いわりに展開が遅く、枝葉の部分も書き込みすぎ。そこまで紙数を費やしたなら、そこから発展するだろうなと思っても、発展しないので、出来事の軽重感がわからず、その結果として物語の芯がぼやけた感じ。

まあ、この本に書かれた時代のあとに安室奈美恵の時代が来るわけだが、彼女の家庭環境もこんな歴史の延長にあるんだよね・・と感じてみたり。まあ、沖縄だけの悲劇ではないのだろうが、日本人みんながふたをしてなかったことにしようみたいな部分をフィクションとはいえ、若い人に読んで(聴いて)もらうという意味はある。

皮膚の秘密

皮膚のことを一通り知るには良い、ただし著者は美容系?かも

皮膚科というのは他科の医師にとってとっつきにくいところがある。本書の著者はドイツではマスコミにもよく登場する女性皮膚科医らしく、本書も最後まで読むとスキンケアに対する彼女の考え方、そしてそれに基づいた食事や洗顔など、美容系の話になっていくのだが・・・前半の1-5章では、一階が表皮、地下一階と二階の間の基底膜、地下二階の真皮、地下三階の皮下組織と章立てして、それぞれの性質・構造・疾患を説明してくれる。

地下一階(表皮)では、皮膚面におけるマイクロバイオーム、メラノサイトによるメラニンの供給。日光中の可視光線・紫外線・赤外線それぞれが意味をもつ。可視光線によるビタミンD生成、紫外線による発がん、赤外線による体温上昇、緯度による太陽光の違いが、これらのメカニズムを通して肌の色を作ってきたことをあらためて認識させられた。

地下二階(真皮)では、まずは神経終末や数々のセンサー(マイスネル小体・ルフィニ正体etc.)を通して皮膚は脳の一部でもある(2021年のノーベル医学生理学賞)。そして、皮膚腺(汗腺・皮脂腺・アポクリン腺)。それぞれの腺に物語がある。特にアポクリン腺が出すにおい物質と求愛行動の関係は面白い。

地下三階(皮下組織)ではセルライト。セルライトの悩みは女性特有、それは脂肪組織の周りの線維性結合組織の方向が男女で違うから。

中盤の6-8章は年齢に従って生じる皮膚の問題ーニキビ、日焼け、老化。日焼けサロンの危険性を強く訴えているのが印象的。一方で、老化に対するボトックスとヒアルロン酸の注入については、手技も含めてかなり詳しく解説してあり、十分な知識を得られる、日本でもよくあるその手の美容系の皮膚科医なのかもしれない(YouTubeでYael Adlerと検索すると立派なチャンネルがある)。

9-10章は性感染症。性感染症を皮膚科で診るというのはドイツ由来なのだろうか。11章以降は皮膚の栄養学、スキンケアなど著者の真骨頂部分なのだろう。

読み終えてみると、皮膚科雑学から書き起こしスキンケアや美容や性感染症と、おそらくこんな形でドイツではマスコミやネットで発信し続けている皮膚科医なのだろう。それを本にまとめたら評判が良くて、日本語訳が出版された・・・とそんなところだろうか。帯に「ドイツで20万部」とあるが、それがすごいことなのかよくわからない。

https://www.socym.co.jp/book/1296

金閣を焼かなければならぬ

頻発する動機不明の事件の背後には精神疾患を考えるべき

1950年鹿苑寺金閣に火をつけて焼失させた見習僧、「林養賢」。その金閣焼亡事件を1956年に小説「金閣寺」として書き、作家としての名声を確固たるものとし、1970年に自衛隊市ヶ谷駐屯地で自刃して死んだ作家「三島由紀夫」。二人の行動の精神病理学的背景をプロの精神科医が読み解くというかなりユニークな本。

精神病理学を専門とする著者は、プロローグから第4章まで、林養賢による金閣焼亡事件を精神病理から分析する。著者は三島の「金閣寺」の描写から林養賢が分裂病(統合失調症)であることを感じていたらしい。

第4章から第8章までは、そんな描写ができながら、非業な死を遂げることになる三島由紀夫自身の精神病理を「金閣寺」と「鏡子の部屋」を読み解くことで明らかにしていく。

三島自身の強固なナルシシズム(おそらく、現代の精神医学ではASD:自閉スペクトラム、アスペルガー症候群と診断されうる・・・著者は明言してはいないが)が結局は自死でしか解決できなかったということか。

エピローグで著者が林養賢の墓参りに舞鶴を訪れる場面を含めて、話の運びや文章も(一部、精神病理学的すぎてついていけない部分もあるが)すばらしく、一気に読ませ、なおかつ余韻も残す。

理解不能な事件の背後にある精神病理学的背景を考える参考にもなる。最近、連続する電車内での無差別殺人企図事件などは統合失調症の可能性が高いし、社会的に成功しているにもかかわらず奇矯な行動をとる場合はASDも考えなくてはならない。

伊丹十三もASDだったのだろうなと、ふと思った。

調べてみると金閣焼亡事件を小説に書いた水上勉と三島由紀夫を比較分析した本「金閣寺の燃やし方」(酒井順子 2014)というのがあるらしく、そちらも気になる。

 

日本の血脈

「女帝 小池百合子」を読む前に肩慣らしとして

BAD BLOOD(エリザベス・ホームズの詐欺事件)を読んで、日本のホームズは小池百合子?!ということから「女帝 小池百合子」を読む予定だが、本が届く前に同じ著者のこの本を読んでみた。かなりきっちりとした調査評伝を書くらしい石井妙子さんが文藝春秋に連載の10本の評伝。

小泉進次郎・香川照之・中島みゆき・堤康次郎・小沢一郎・谷垣禎一・オノヨーコ・小澤征爾・秋篠宮紀子妃・美智子皇后(現皇太后)

血脈というからにはそれなりに書きごたえのある親・祖父母・曽祖父母あたりまで調査できる人物ということでしょうね。やはり性格的に小池百合子のマイナー版という感じの小泉進次郎の血脈が面白いし、さもありなん。香川照之・オノヨーコも興味深い。2011年刊行と10年前の視点であるが、その後2016年に自転車事故で引退することになる谷垣さんはやはり影が薄い評伝。皇室のお二人も10年前とちがうご苦労もあり、無常。

香川照之の章から抜粋「芸のわかる観客がいなくなれば、自然と血脈や、分かりやすい親子物語が優先されていくのか。それは歌舞伎界に限られたことではなく、今の日本社会全体を覆う、ひとつの風潮、あるいは病理のように思える。」

燃える部屋(上・下)

ハリー・ボッシュ シリーズ (17) 2014年 ボッシュ64歳の設定

ついにボッシュの年齢が読み手である私の実年齢に到達。同じように定年延長制度のおかげで好きな仕事に精を出しているわけだ。そして、残り時間がそれほど長くはないというのも似た者同士。

最初の「ナイト・ホークス」(1992)から22年、犯罪捜査も大きく変化した。DNA鑑定、指紋や弾痕・条痕のデータベース化が古い未解決事件に新しい光をあてる。実際の捜査の場面では監視カメラ映像、検索サイトやSNSによる個人の割り出し、携帯電話の通信傍受や位置検索など多彩な手法が出現しそれに戸惑うボッシュの姿も。どの世界も同じ。

そんなことを残り50ページまでは楽しんでいた。しかし、そこから急に怒涛の展開であっという間に終局へ。そこまでの積み上げにくらべてあまりにも急で安易な終幕なのでは・・・・。コナリーは執筆当時58歳くらいなので老いたわけでもなかろうが、なんだか予定ページ数に収まりきれなくなっての苦肉の策という感じもする。

ともあれ、LADPを離れることになったボッシュ、次作からは腹違いの弟であるリンカーン弁護士ハラーと絡みながらのストーリーになるようだ。現時点で残り6作。

僕は偽薬を売ることにした

意外とマジメなプラセボ論だが思い込みも強い

タイトルとヘタウマなイラストでまともな本ではないのかもと思って読みだしたが二つの点で有益。

まず第一に、1,2章におけるプラセボの歴史をふまえた解説は至極まっとうでよくまとまっている。プラセボ効果の認識があって初めて「ランダム化」「プラセボ対照」「二重盲検」という臨床試験のスタンダードが確立され医学を科学たらしめるイノベーションとなったことがよくわかる。

このイノベーションはここ50年ほどの間に起こったことであり、私自身が医師になった当時、普通に使っていた多くの処方薬がこのイノベーションで否定されて世の中から消えていった。「○ーゼン」「クレ○チン」「ア○ン」「カ○ン」・・・たくさんありました。この病気にはこの薬というのが、大した根拠もなく使われていた牧歌的な時代。まさにそれらの薬はプラセボ効果しかなかったわけであり、そのために多くの医療費が使われていたというのは、あらためて驚く。

二番目に、5章にあるように現実問題として現在偽薬を必要としている人々がいるということ。特に認知症介護の現場では薬をのんだことを忘れて「薬、薬」という人が多い。現時点では著者の作ったプラセボ製薬はこの介護現場用の偽薬を商品化しているらしい。

ところが、肝心の著者の主張と思われる3-4章のプラセボ効果の原因解明を通じた医療の哲学的解釈はどうも理屈が過ぎて、晦渋かつ荒唐無稽に感じられる。私としては著者があまり乗り気ではない「未解明の生化学現象」説を信じたい。薬をのむ、医療を受けるという行為が脳から何らかの反応を引き出し、そこから引き起こされる生化学現象がある、そう考えたい。科学の時代の子でもあり・・・

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